久しぶりの個人レッスンで気づいたこと

すこやかレッスン室を再開しました

今、アレクサンダーテクニーク教師活動として、

月2回のグループレッスンを定期開催していますが、

個人レッスンは、人工股関節の手術とコロナで、

しばらく中断していました。

そんな状況の中、長く通って下さっている対人援助職の方から

久しぶりの個人レッスンのご予約があり

生徒さんに合えるのを楽しみにお受けしました。


レッスン当日の流れ

レッスン当日、スタートすると、いつもの空気感で会話が始まり、

そのままアレクサンダーテクニークの個人レッスンの流れに入りました。

今、一番気になっていることや、強く思っていること、近況やトピックス、などなど、

なんでも自然な流れに任せて聴かせて頂いていると、

自然に今ここのタイミングにピッタリのレッスンテーマにたどり着きます。

このテーマにたどり着いた時の腑落ちするのが良い感じです。

脳に優しくしているような、脳を育てているような不思議な感じ

と表現できるでしょうか。

今回も、個人レッスンの典型的なレッスンテーマの1つにたどりつきました。

それは「似通った言葉の使い方の混乱で、心身の緊張やモヤモヤが発生する」というテーマです。


言葉の混乱とその影響

近いけれど全然意味が違う言葉が、

脳内セルフトークでは曖昧に混じりあっているのが通常です。

レッスンでよく出てくる意味が近い曖昧ワードは「女性性と母性」

いかにも混乱しやすそうですね。

恥ずかしい話をカミングアウトすると、過去の私は、

女性はいつも母性を求められていると思い込んでいました。

だから、家族に声をかけられると、自動的にお世話モードに

入ってしまって、そんな自分を責めていました。

だから繁忙期には、家族に話しかけられただけで、

何かお世話アクションを起こさないといけないのだったら

仕事を終わらすことが出来ない。

食事の支度が間に合わない。

などという思い込みで、イライラをため込んでいました。

今思うと、別に家族はお世話を求めていたわけではなく

私に話しかけただけなのに、です。

ずいぶん、無駄にイライラしていたな~

と今は恥ずかしく思うばかりです。

このいつも母性を発揮しなければならない、という前提だと、

生活の中で楽で自然な自分らしい心と身体でいるのが

難しくなってしまうのは当然ですね。言葉って大切です。


レッスンは進みます

レッスンテーマが、言葉の曖昧さの腑分け、と解ると、

ただただお話を聞かせてもらいながら、

生徒さんの言葉の使い方、今回の場合は、

女性性と母性が場面ごとに適切に使われているかどうか、

肝心な場面で立ち止まって一緒に言葉を繰り返し吟味します

今のフレーズを、女性性と思いながらもう一度話してみてください

次に、同じフレーズを、母性と思いながらもう一度話してみてください

違いはどうですか?

という感じで、一緒に吟味するのです。

それだけで、頭も身体もまるで霧が晴れたかのように

スッキリして楽になったときの生徒さんの笑顔がたまりません。

言葉がテーマの個人レッスンに立ち会わせて頂けたときには、

私も、一緒に、発見や気づきを得られる恩恵があって

レッスン終了後は、生徒さんに感謝するばかりです。


過去の例2つ目:「攻撃」と「暴力」

もう1つ例を挙げると、ずっと前のレッスンですが「攻撃と暴力」がありました。

誰かに嫌なことを言われたりされたりして、

攻撃的な気持ちになるのは生命体として健康な証です。

だけど、それを暴力として表現してしまうと

筋肉が硬くなり、脳にも痕跡が残り、心身にストレスの足跡を付けてしまいます。

攻撃的な気持ちになることと、

それを暴力として言葉にしたり行動化することは全く別と知ったとき

攻撃的な気持ちになる自分を持て余し気味だったのが

そうだったのか!

と気づくことが出来て、私自身、とても楽になったのを思ったのを想い出します。


言葉の気づきレッスン

この似通った曖昧なことばが脳内トークで不適切に使われて、

もやもやしたり、元気がなくなったりするのは嫌ですね。

だから、言葉の気づきレッスンと命名して、

全体の流れをお伝えしましたが、興味ありませんか?

一度体験して、あなたの曖昧ワードを発見してください。

お問合せフォームからお試しオンラインレッスンがありますので

お目にかかれるのを楽しみにしています。

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