【近況】ゲシュタルトという言葉にはまっています

ゲシュタルトっていうワードを最近、ときどき耳にするようになりましたね。

でも、この言葉ってゲシュタルト心理学とかで使われている専門用語だと思っていたので

普通の生活で耳にするのには少し違和感があったのです。

でも、それが切り替わる出来事があって、ちょっとワクワクしています。

きっかけは、仕事で定期的にスケジュールを合わせている人と

先月いつものように約束しようとして打ち合わせていたら

「子供の入学式があるので、その影響でいつもの週はタイトなんです」

という事情をシェアされたことでした。

4月の初旬は、非日常になりますね

とお互いに認識しました。

この時のやり取りが、とても印象的で

繰り返し頭の中にその場面が思い浮ぶのです。

料理をしているとき

洗濯物を干しているとき

食器を洗っているとき

車を運転しているとき

そして、ひらめきました!

いつもの生活パターンやリズムを

ゲシュタルトと理解するのはどうだろう!!!

いきなりゲシュタルトというワードで

びっくりさせていたらごめんなさい(笑)

この、ゲシュタルトという言葉は

20年程前からセルフケアの師匠から学んでいた

ゲシュタルト心理学で出会った専門用語です。

構造やつながりを持った全体をゲシュタルトと

定義して、セラピーを受ける人の信念体系

みたいなものを表現する言葉として知りました。

だから日常使いの言葉とは全く思っていなかったのですが、

日常生活のリズムやパターン全体を

ゲシュタルトと捉えることも出来るのでは、

と気づいてみると、良い感じなのです。

例えば、ゲシュタルトの意味の代表的な説明で

全体は部分の総和を超える

というのがあります。

例えば、先ほどの仕事で繰り返している

月1回の打ち合わせの約束は部分になります。

それが1年間12回積み重なって

1年という全体になると

部分の総和以上のことが起こっている

そういえば、そうだな、と思いました。

さらに、毎月1回の打ち合わせを実現する

1ヶ月サイクルの職場生活全体を

ゲシュタルトと表現することも出来そうです。

1日1日を部分と捉えると

1ヶ月は部分の総和以上になる。

毎月の打ち合わせを部分と捉えると

1年12回の全体の実績は毎月の総和以上になる。

とゲシュタルト的に表現してみました。

すると、言葉にできない何かが

スーッと腑に落ちる感じがしました。

それ以来、1つ1つの出来事を気にしすぎるのは

今まで以上に違うなと思うようになりました。

ん?と違和感を感じるようなことがあっても

そうそう、全体は部分の総和以上だから

と自分に言い聞かせるとじんわり元気が出てきます。

なぜ元気が出てくるのか、

その理由は、今の段階ではわからないですが

不思議に落ち着いた気持ちになるのです。

理由は分からないくても

じんわり元気が出てきて

落ち着いた気持ちになるって

きっとbeingだと思うので

この新しい気付きをしばらく楽しもうと思います。

今日も大切な1日を過ごしましょう

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